大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)274号 判決

上告人

横内晃

右訴訟代理人

徳矢卓史

外三名

被上告人

日本国有鉄道

右代表者総裁

高木文雄

右訴訟代理人

水口敞

右訴訟代理人

浅野昭二

外二名

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人徳矢卓史、同徳矢典子、同梅本弘、同布施裕の上告理由第二点について

占有者がその占有の侵奪者の特定承継人に対して占有回収の訴を提起することができるのは、その者が右侵奪の事実を知つて占有を承継した場合に限られるが、この場合侵奪を知つて占有を承継したということができるためには、右の承継人が少なくともなんらかの形での侵奪があつたことについての認識を有していたことが必要であり、単に前主の占有取得がなんらかの犯罪行為ないし不法行為によるものであつて、これによつては前主が正当な権利取得者とはなりえないものであることを知つていただけでは足りないことはもちろん、占有侵奪の事実があつたかもしれないと考えていた場合でも、それが単に一つの可能性についての認識にとどまる限りは、未だ侵奪の事実を知つていたものということはできないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、原審の認定したところによれば、上告人は訴外菊地から本件株券を貸金の担保あるいは売買の目的物として引渡を受けたものであるが、その際本件株券が菊地らにおいて他人から盗取し、横領し又は騙取してきた物件であることを察知しながら、そのいずれの方法で取得してきたものであつても構わない気で、本件株券の引渡を受けたものであるというのであり、原審は、上告人において菊地らによる株券の取得が右のような犯罪行為によるものであることを確実に知つており、かつ、それが窃盗である可能性も十分あることを知つていれば、上告人は侵奪についての悪意の特定承継人にあたると解すべきであるとして、上告人に対する被上告人の本件占有回収の訴を認容している。しかしながら、上告人が右の程度の認識を有していたというだけでは未だ侵奪の事実を知つていたということができないことはさきに述べたとおりであり、また、民法二〇〇条但書の規定を拡張解釈して右のような場合もこれに含もしめることを担当とすべき理由も見出だすことができないから、原判決には、結局、この点につき法令の解釈適用を誤つた違法があるといわざるをえず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、盗品の被害者の回復請求の主張があり、その要件の存否についてさらに審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤﨑萬里 団藤重光 本山亨 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人徳矢卓史、同徳矢典子、同梅本弘、同布施裕の上告理由

第一点 〈省略〉

第二点 原判決は民法二〇〇条二項但書の法律の解釈を誤り、判例に違背した違法がおる。

一、原審はその判決理由中において、「右株券の占有を取得するに際し、右株券が何らかの犯罪によつて取得されたものであることが確実で、盗取されたものである可能性も十分にあることを知つていた以上たとえ、右盗品であることの認識が未必的であつたとしても、民法二〇〇条但書(原文のまま)にいわゆる『承継人が侵奪の事実を知りたるとき』に該当すると解するのが相当である。」

と判示し、更にその理由として、

「右承継人が右株券の占有を取得するに際して、それが犯罪によつて取得されたものであることを確実に知り、併せてその盗品である可能性が十分あることを知つていた場合と、それらが盗品であるおそれもあるが、他面犯罪によつて得られたものではない可能性もあると考えていた場合とは、等しく盗品であることについて未必的認識がある場合と言つても、両者はその未必的認識の性質において根本的に相異する互いに全く異質のものと言うことができるのであつて、後者はまさしく二〇〇条二項本文所定の場合に該当するけれども、前者は、この場合における承継人の反社会性にかんがみて、同条但書(原文のまま)の場合に該当すると解しても少しも右但書の趣旨に反するところがないからである。」

と判示するのである。

二、然し乍ら、上告人が調査したところによるも、民法二〇〇条二項本文但書の解釈につき、右判決のように未必的認識を区別するとする解釈はなく、又これが未必的認識の区別として正しいか否かも不明であり理解し難いものである(この意味で原判決は上告人にとつて不意打ちの判決である。)

更に、民事法において、故意、過失の区別が問題になることは少なく、まして「未必的認識」なる言葉が登場してくる問題は、上告人代理人は浅学にしてこれを知らないものである。むしろ、原審の判決は刑法の分野で講学上言われるところの「未必の故意」と「認識ある過失」の区別を安易に民法の解釈に持ち込んだものであり、民法二〇〇条二項但書の解釈適用には不適切な概念と考えるものであり、原判決は独自の解釈に基づくものである。

原判決のいう未必的認識の区別があいまい不当であることは、ほぼ同一の事実を認定しておきながら第一審(原審は第一審の判断をどう評価したのかは定かではないが)と第二審との結論が正反対になつたことを見ても明らかであり、右区別が単なる抽象論に終始し、現実の場面では作用しえない理論であることを露呈するものである。そもそも、人間の内心を外観から判断するのに、原判決のいう様な区別が実際上可能なのであろうか。疑問なしとしえないのである。

三、更に、つけ加えて原判決は理由中に、

「盗品については盗取者自身又は盗取行為の直接の目撃者以外の者が盗品であることの確定的認識を持つことは極めて稀なことであつて、多くの場合漠然と犯罪によつて得られたものと認識するのが通常であるから、株券が犯罪によつて得られたものであることにつき確定的な認識があるけれども、盗品であることについては未必的認識を有するに過ぎない場合を右但書の適用から除外することは株券の盗取に関し、被害者がその所有者でない場合には被害回復の機会を失う危険にさらすことになり、他面盗品の故買収受という反社会的行為者に対し不当な利得を保持する機会を増大させ、かえつて右但書の趣旨に反することになるからである。」

と判示する。

四、然し乍ら、確かに一般的には盗品について盗取の事実を確定的に認識することは稀といえるとしても、株券のような有価証券等に関しては、その流通ルートが限定されており、証券取引所は公示催告を公示催告裁判所の依頼により、これを立会場に掲示するほかその「所報」をもつて、毎日、その会員、証券代行会社、発行会社、他の取引所、各地方証券業協会などから依頼ないし通報のあつた事故証券を報道し、そして各証券会社は、見知らぬ客から株券を取得する場合にのみ、これらの通報を調べているようである(河本一郎、注釈会社法(3)四二一頁参照)。故に株券の場合は、むしろ確定的認識を得やすい態勢が整つているのであり、判示の如く、株券盗難に関し、被害者保護を特に意図すべき理由はない。

しかして、本件においては上告人が、本件株券を取得した当時、未だ被害届すら出されていない状態であつたことは、甲第六号証の二から明らかである。すなわち、甲第六号証の二の被害届が出されたのは、昭和四七年一〇月二二日であり、その内容は「受授証の汐留行切符番号一五七号がないことがわかつたので、他へ間違つてまぎれ込んでいないかと思い、関係者、関係駅、関係列車等について調査したところ、本日その事実がないことがはつきりしたので運搬中盗難にかかつたものと思われますのでお届けにまいりました。」というのであり被害金品の記載欄には「名古屋支店分、株式、割引債、社債、公社債他、利札。金山支店分、株式、割引債。栄支店分、株式、電話債。(以下時価記載欄省略)」とのみ記入されていて、株券を特定するに必要な銘柄、名義人、株券の種類等、個別的内容は一切不明であつたものである。このように、昭和四七年一〇月二〇日当時、被害届人においてすら本件株券が盗難に会つたことを知らなかつた事情の下においては、上告人が本件株券を盗難品であると認識することは物理的に不可能というべきであろう。したがつて、本件場合においてまで原判決のいう一般論が妥当するかどうか極めて疑問である。

このように、民法二〇〇条二項但書に刑法的な意味を持たせ、一方的に所有者でない被害者のみを保護するに至つては、むしろ事実状態の一応の保護を目的とする占有訴権の立法趣旨に反する結果を導くもので、法律の解釈を誤つたものというべきである。

五、特に、原判決は、刑法の賍物罪の故意についての判例にひきずられた可能性が大である。つまり、賍物たることの知情の内容は、確定的認識であることを要せず、賍物かもしれないという未必的認識で足りる(最判昭和23.3.16刑集二・三・二二七)のであり、しかもなんらかの財産罪によつて領得されたものであることの認識があれば足り、本犯の具体的事実を知る必要はない。すなわち、それがいかなる犯罪によつて取得されたものであるか(大判大正3.3.14刑録二〇・二九七)知る必要はないのである。

これに反し、民法二〇〇条二項但書にいう「侵奪」は欺罔されて占有を移転した場合には占有侵奪は存在しないというのが判例である(大判大正11.11.27民集一・六九二)。

つまり、賍物罪の場合は財産罪たる犯罪行為によつて領得された財物であれば足りるとされているのに対し、民法二〇〇条二項但書の「侵奪の事実」とは財産罪の中でも意思に反し所持を奪われた財物に限られているのであるから、「賍物性の知情」と「侵奪の事実を知る」こととは、おのずからその認識につき差異が存するはずである。

たとえていえば、詐欺によつて領得された財物であることを知つていたとすれば、賍物罪はむろん成立するが、民法二〇〇条二項但書の悪意の特定承継人には該当しないのである。

かくて、本件を考えるに、第一審判示のとおり、仮に、上告人が菊地においてなんらかの不正行為もしくは犯罪行為により違法に取得してきた物件であることを察知していたとしても、更に進んで、上告人が菊地において本件株券を他から窃取するなど第三者の占有を排除侵奪してきた物件であることを知つていたとする事実は何もない。

よつて、原審は民法二〇〇条二項但書について独自の解釈をもつて判決をなしたものであり、法律の解釈適用を誤つた違法あるものというべく、到底破毀は免れないと思料するものである。

六、原判決は、その理由中において、「被告は菊地から本件株券をこれが菊地らに於て他人から盗取し又は横領、詐欺の犯罪行為により違法に取得してきた物件であることを察知しながら、そのいずれの方法で取得して来たものであつても構わない気で株券の引渡しを受けたことが認められるから云々」

と判示するが、かくては詐欺により取得してきた場合にも占有の侵奪の事実を認めることになり、原判決は前掲判例に違背する判断であることは明らかであり、この点からも破毀を免れないと考える。

第三点 〈省略〉

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